>> 野菜ジュースの発酵

「野菜生活100 Refresh!」シリーズが飲みやすいので冷蔵庫に常備している最近、パイン+オレンジ味のやつを封開けて1週間くらいかけてちびちび飲んでいたら、後半は発酵してきたのか勝手に炭酸飲料になっていた。
オリジナルより美味しかったからそのまま飲んだんだけど、微妙に心配。よく見ると「封開けて3〜4日でお飲み下さい」という注意書きが。

>> 今日の本:『娚の一生』(西炯子)/30だからと言って結婚がしたいんじゃない、恋がしたいんだよ。

西炯子の『娚の一生』が3巻で完結したので、改めて1巻から通し読み。

いやぁこの漫画はすごいよ。なんで50過ぎのオッサンがこんなに優しくて可愛くて格好良いの?→そうか、50過ぎだからなのか!!と思わせてくれるファンタジーがここにはある。

3巻の展開が急すぎる(Amazonレビュー)?そんなことはこの際置いておきましょう。
大体、50過ぎまで昔の師(人妻)の面影だけを背負って生きてきた男が、こんなにも王子様な発言ができる訳がないだろう!と思えるほど主人公(男)の海江田はスマートかつストレートに愛情表現を行います。それをなかなか受け止めきれないもう一人の主人公(女)つぐみ、というのが基本的な流れなんですが、そんな50男がいるっつーのがファンタジーなんだよ!・・・でも良い。ファンタジーでも良い。そんな50男がいるんだったらもうちょっと待ってみるのも良いかもしれない・・・そう思わせてくれる魔力がこの3冊にはあったのです。


ええか ぼくは「結婚しよ」と言うてるだけや
「幸せになろ」なんか言うてへん

・・・・・・し、幸せにならない結婚ってなんなんですか!?

知るかえ
”幸福論”はぼくは専門外や
それとも何? あてもない空手形振ってほしいんか?
「一生幸せにするよ」とかなんとか

海江田は「僕はきみが好きや」という理由で結婚を持ち出すが、つぐみはそれだけでは結婚に踏み切れない。「僕はきみが好きで、きみは僕が好きや」と言われても否定はしない。否定はしないけれど、「幸せにになりなよ」という親友の言葉にはそれが結婚なのかどうか解らない。


まあ漫画なので、紆余曲折あって最後は納まるように納まるストーリーなのですが、この漫画を読んでいてやや自分の結婚観が理解できたような気がします。自分は間違いなく「結婚=計測可能なメリット増加のための手段」だと考えているのに、「好きか嫌いか」という恋愛のプロセスからスタートしようとしてしまいがちなために違和感がある。
「結婚=自身の満足度の増加手段」と定義を改めて突っ走るのか、好き嫌い関係なくパフォーマンスを追及するのか。まあ前者の選択肢も有り得なくはないんだなぁと改めて確認した次第。


ああ、それにしてもこの漫画を読んで思うことは「早く枯れたい」。
矛盾してるかもしれないけど、「枯れてから恋愛がしたい」。
因みに、この漫画で最もエロい(と個人的に信じている)コマが「コミックナタリー」の作者インタビュー4ページ目にあります。35にこんな顔させるとかどういうことですか。反則じゃないのかこれ。

>> 今日の本:『宵山万華鏡』森見登美彦、他

こんな日に、えらい本を読んでしまった。

こんなの・・・今週末の宵山に行くしかないじゃないか!



『宵山万華鏡』 森見登美彦

図書館で森見登美彦の読んでないのを見つけたので読んでみたら、祇園祭宵山(山鉾巡行前夜)を舞台にした阿呆な学生のドタバタ劇・・・かと思いきや途中から虚実入り乱れてのモリミ世界でした。

なんと言っても、舞台として描かれる祇園祭宵山の雰囲気が「ああ、そんな不思議なこともあるのかもしれないな・・・」と思わせるのに一役買っています。

梅雨の明けきらないじめっとした空気。
浴衣でそぞろ歩く人たち。
提灯に浮かび上がる山鉾。
通りを外れるとふっと顔を出す暗闇。

・・・これは行ってみてぇ!!
しかも今週末じゃないか!
という訳で金曜日は仕事をなんとかして宵山に行ってみようと思います。


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『畜犬談』太宰治

太宰のほとんどの作品が青空文庫で読めるようになっている、というのは素晴らしい時代だと思います。

以前、『美少女』を読んでから、太宰のどうでもいい小編を探しては読んでいたんだけど、『畜犬談』は割とレベルの高い「どうでもよさ」を発揮していました。
 私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。私は、きっと噛まれるにちがいない。自信があるのである。よくぞ、きょうまで喰いつかれもせず無事に過してきたものだと不思議な気さえしているのである。諸君、犬は猛獣である。馬を斃し、たまさかには獅子と戦ってさえこれを征服するとかいうではないか。さもありなんと私はひとり淋しく首肯しているのだ。

犬嫌い(というか犬怖い)の主人公はなんとかして犬をさけて生きてきたのに、犬の多い街に来てしまったためになんとか危害を加えられまいと犬に敵意を見せないよう生きていたら逆に1匹の犬に懐かれてしまう。
小犬は後になり、さきになり、私の顔を振り仰ぎ、よたよた走って、とうとう私の家の玄関まで、ついてきた。
「おい。へんなものが、ついてきたよ」
「おや、可愛い」
「可愛いもんか。追っ払ってくれ、手荒くすると喰いつくぜ、お菓子でもやって」
 れいの軟弱外交である。小犬は、たちまち私の内心畏怖の情を見抜き、それにつけこみ、ずうずうしくもそれから、ずるずる私の家に住みこんでしまった。そうしてこの犬は、三月、四月、五月、六、七、八、そろそろ秋風吹きはじめてきた現在にいたるまで、私の家にいるのである。

この後も主人公は犬は恐ろしいだとか信用できないだとか延々と述べるものの、要は典型的なツンデレである。ツンデレだと認識して読めばニヤニヤが3割増しになること請け合いである。しかも短いので15分もあれば読み切れる。
さすが太宰。

>> 今日の本:『うそつきリリィ』小村あゆみ

『うそつきリリィ』 小村あゆみ

「こんなに可愛い娘が女の子の訳が無い」というのはここ数年で割と市民権を得てきたように思いますが、『うそつきリリィ』は女装男子と、彼に恋する女の子の話です。
「絵的に百合っぽくなるものの、実際は百合じゃない」ということでうそつきリリィらしい。

「こんなに可愛い娘が・・・」という世間の流れを無視して、主人公(男)の同級生達は「あれはむしろ女なんじゃないか」という捉え方をしているようです。

さすがに少女漫画誌掲載の漫画だけあって、ベクトルはいわゆる「男の娘」とは180度異なってて、「男の娘」ジャンルは、女装した(してない場合も)可愛い男子主人公(男)を好きになるというファンタジーなのに対して、「うそつきリリィ」では女装した超イケメンな男子主人公(女)を好きになるというファンタジーです。(主人公は最初、女装してない時の彼が好き)
女装男子はイケメンなので、彼女のためには倒れるほど嫌な男の格好だってがんばってするし、からまれた主人公を(女装したままだけど)助けようとするし、無駄毛は生えません。


・・・あれ、女装男子(元イケメン)って最強じゃね?