>> 今日の本:『資本主義と自由』ミルトン・フリードマン

『資本主義と自由』ミルトン・フリードマン

国民が年金に強制加入させられることは是か非か。
強制を正当化する理由としての『温情主義』(国民は放っておくと得てして近視眼的で先のことを考えないのだから、政府が強制加入させることは国民のためになることだ)に対して、フリードマンは
 自由を信奉するなら、過ちを犯す自由も認めなければならない。刹那的な生き方を確信犯的に選んで今日の楽しみのために気前よく使い果たし、貧しい老後をわざわざ選択する人がいたら、どんな権利でもってそれをやめさせることができようか。

と主張し、徹底的な自由主義(基本的には市場に任せるべきであって、政府が強制介入すべき事は主に「契約が確実に履行される環境を整えること」と「外部効果に対処すること」。リベラルではなくリバタリアニズム)の考え方を主張する。

教育も国営で行うべきではない。広く国民に教育を受けさせることは外部効果の点で意味があるが、わざわざ公立学校を作らなくても、一定額相当の「教育バウチャー」を子供を持つ親に支給して民間の学校から行きたい所を選ばせたらよろしい。等々。


この本は読んでいて、「なんと合理的か!」と感動して自由主義信望者にならざるを得ない本だった。

だからと言って、自由主義者が主張する「全ての選択に自由を!」という社会が実現してしまうと、それはそれで面倒くさいんだよなぁ。国民は生活する全ての事について判断できるだけの専門家ではないのだから。
(まあ実現したならそういった「めんどくささ」を引き受ける個人向けコンサルみたいな職業が発生するんだろう。いくつか。)

>> 今日の本:『仕事のなかの曖昧な不安』玄田有史、他

ここ数週間かけて、玄田有史の著書を2冊読んだのでメモ。

『仕事のなかの曖昧な不安』玄田有史

元の単行本が書かれたのは2001年、1990年代のバブル崩壊→リストラの流れで世間に「中高年ホワイトカラーの雇用不安」が蔓延していた時代に、「中高年ホワイトカラーの失業者は言うほど増えていない。それよりも企業が中高年正社員を抱えるがために若年の採用が抑制されていることが問題だ」と主張する。今読むと特に目新しさは感じないんだけど、気になったキーワードがいくつかあった。

・「はっきりとした不安」とは、リスクと言い換えられる。何に対してファイトすれば良いのか明確。「曖昧な不安」を「リスク」に変えることができれば、対処も考えることができる。

・高い失業率は「就業のミスマッチ」(希望の就職先に就職できない)を生み、結果として「すぐ辞める」につながる。日本の就職は卒業のタイミングという一発勝負なので、卒業時の好況・不況によって世代間の就業機会(ひいてはその後の賃金)に格差が生じる。

・成果主義が成功するためには、仕事の内容を明確にする必要がある。部下や後輩に簡単に「(とにかく)頑張れ」という声をかけるべきではない。もし言おうとするのであれば、目的・手段を具体的に示して言うべき。

・仕事に対して「普通は・・・」と言わない。どんな仕事にも常に何か異常やトラブルが発生している。「普通は・・・」という言葉で仕事の中身を細かく読み取る努力を放棄してはいけない。

・本人が満足できる「幸せな転職」に必要な条件は、資格でも本人の能力でもなく、「有益な助言をしてくれる職場以外の友人・知人がいること」であった。


最後の点について著者は、たまに会う仕事以外の友人=ウィーク・タイズ(弱い結びつき)が重要だと指摘する。この本から10年、最近twitterがらみで「リワイヤリング」っていう言葉がぽつぽつ出てきてるけど要はこのことですよね。
twitterはやってないんだけど、仕事以外の友人を再発掘するっていのは何か良さそう。ちょっと意識してみよう。

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『仕事とセックスのあいだ』玄田有史、斎藤珠里

で、もう1冊がこちら。
主な話題はセックスレスで、AERAで行ったアンケートをもうちょっと突っ込んで分析すると何が見えてくるか、という本。二人の著者が代わる代わる章を書いているものの、温度差は否めない(玄田有史が淡々とアンケート結果の統計分析を書くのに対して、斎藤珠里は個人的な体験を含めつつ感情に訴える書き方)。

面白かったのは、
・(結婚している)女性が働いている方がセックスレスになりにくい

・夫側は、職場の雰囲気が悪い=ストレスを感じるほどセックスレスになりやすい(因みに、妻側にはこの相関はない)

・既婚女性のうち、20台・40台は「職場に気になる異性がいると仕事にやる気が出る」割合が高い。既婚男性は全年代でそれほど高くない。
というもの。夫の方が繊細だったのかw

玄田有史側の章は前半面白かったのに、後半に別の調査結果を持ってきて「結局、セックスレスがどの程度広がっているのか正確な実情はわからない」とかぶっちゃけてしまうのが残念だった。それを言っちゃあダメでしょう、この本。
あと、最後のあとがきだけじゃなく本文中で二人の著者の主張がちゃんとやりとりされていたらもっと面白い本だったのだと思う。

>> 結婚リテラシー/勝間和代のクロストーク「早婚の勧め」

早婚の勧め/勝間和代のクロストークにて、「結婚リテラシー」という単語を見つけてなるほどなぁと感心した。

結婚することによる将来のリスクの大きさが「わからない」ために心配する(もしくは結婚しない)なら、それをきちんと説明することでリスク対策についての過度な見積もりは避けられる。
一応今でも結婚・出産に対する統計データとして「少子化社会白書」とか「国民生活白書」は公開されてるんだけど、「白書出してる」と言うのと「リテラシーとして持っている」のはやっぱり違うんでしょう。リテラシーと言うからには「基礎的な知識」だけでなく「基礎的な能力」も要求されるので。

でも、そうやって基礎的な知識が皆に共有された時、個人レベルで見るとどうしても「結婚まではいいけど、出産は別に必要ないんじゃない?」という結論に落ち着くんじゃないかと思う。少なくとも今は。

>> 最近の本:『「婚活」時代』山田昌弘/白河桃子


「婚活」時代』山田昌弘/白河桃子

正月に読みました。
割と具体論が述べられてる本で、新書という位置づけも納得できるし、書いてることも真っ当だと思います。「男はとにかく入り口を入れる外見に!」「男は流される勇気を持って!」「女は自分磨きはもう十分だから、狩に出かけよ!」「女たちが希望する「ふつうの男の人」はとっくに狩られている」など、ちょっとしたブームになるだけのことはあります。が。

この本は具体的に攻めるが故に、たった一つ、「何で結婚するの?」という視点が抜けてるんじゃないのかと思います。
この本は、「結婚したくなった人」には有効でも、そうじゃない人を結婚市場に参加させるだけの力はなさそう。・・・そういう意味でも確かに「就活」とのアナロジーはぴったりくるんですね。そもそも、「したくない」人口の変化を追えない(追わない)のはなんでなんだろう。(失業者とは「働く意思と能力があるのに仕事に就けない状態にある人」を指すので、仕事探しをあきらめた人は失業者には含まれない:wikipediaより)


・・・で、まあそんな話は良いとして、今日PSの2月号を読んだら「恋活」という言葉に巡りあってびっくりした。(因みに、読み方はレンカツかコイカツか迷うところですが「こいかつ♥」となってました。)お前らは、やっと世間に普及し始めた(かもしれない)単語を既に進化させているというのか・・・小学館、恐ろしい子。

中身は、「男はあいかわらず草食男子ばっかりだし、女子も恋愛低体温女子が増加中。恋も活動しないと始まらない!?」みたいなノリ。恋活という割には既にカップルになった二人へのインタビューばっかりでしたけど。

>> 「感情」の「計量」。

『結婚するべきか、否か。』という記事を書いてから、我慢できなくなって同じ職場の人と飲んでる時に前書いたような内容の話をしたら変なヤツ扱いされた。当然かww

今日、mixiで知人の日記を読んでいたら
〜〜氏も、たなか。さんの結婚のメリット定量評価論支持派で、
という記述があり、同意してくれる人がいることに驚くと共に、やっぱり問題は「計量」なんだよなと再認識した。
つまりは『感情は計量可能か?』ということ。

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前回は国民生活白書についてゴチャゴチャと書いてたけど、要するに「結婚によるメリット>デメリット」を確認しないと結婚なんてやってられるかという話だった。

ここで難しいのが「心理的メリット・デメリット」を如何に「経済的メリット・デメリット」と比較しうる形にするかという所で、正直それが可能なのかどうかよく解らない。(行動経済学とか計量社会科学とかでは既に終わってる議論なのかもしれないけど、まだそこまで情報を集めてない)

ただ、「心理的〜」の方は観測する(換算する)タイミングによってかなり大きなブレが出るだろうなという予想はできる。アパートの階段から落っこちた瞬間には「40までには結婚しよう」と決心した『建てて、いい?』の主人公も、ケガが治ってしまえば「やっぱりそこまで焦ってなかった」なんて言いだすのだ。
正確な判断を下すためにはここらへんのブレを取り除いていくのも重要なんじゃないかと思うので、機会があれば勉強してみたいところ。

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・・・と言ったことを色々書いてきたけど、結婚の相手として「結婚しても継続する職・収入がある人」「子供の有無を考慮しても経済的メリットがマイナスにならない相手」を想定すれば、後は心理的メリット・デメリットのどちらが大きいかを判断するだけなんだから上記の「換算」という議論は関係なくなるんだよね。

あぁもう、そんな人間ばかりならややこしい事を考えなくても済むのに。

>> 「結婚する」という「選択」。

『結婚するべきか、否か。』

相手を探す云々の前に、まずその疑問を抱いてしまうのがここ最近の僕であって、とりあえずこの問題についてはあと数年間かけて解消していきたいと思っている・・・という話を酒を飲みながらすると、人それぞれな反応が返ってきてとても面白い。

そもそも、「結婚」なんていうある意味パッと見でリスクが見えるシステムを妄信して良いのか?会社で行っているようなデータ・証拠に基づく意思決定が必要ではないのか?という疑問は前々からあって、やっぱりそこらへんもこのBlogに書いてみようと思う。

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まず、Web上で見れるデータとしてかなり面白いのが「平成17年度 国民生活白書」。

国民生活白書はWebで公開されていて、それぞれの年度に表題がついてるんだけど、平成17年度のそれは「子育て世代の意識と生活」。第1章が「結婚・出生行動の変化」で始まるという、自分にとってはかなり気になる白書だった。

この中で「結婚の利点」については、
結婚の経済的なメリットには分業と規模の二つが存在
と経済的メリットを分類するも、
男女間の経済格差縮小などにより分業のメリットが希薄化
単身向けサービスの価格低下により規模のメリットが希薄化
とそのどちらのメリットも希薄化していて、経済的なメリットは、結局はあるのかないのか疑わしい。寧ろ平均的には所得の高い男性から見れば、可処分所得が減る可能性も十分にある。(自分一人に対しての「小遣い」というくくりで見れば、既婚・未婚では明確に違いが出ている

そこで国民生活白書では
既婚者は経済的なメリットではなく心理的なメリットを実感
とフォローする(因みに「結婚に対して疑問なんですが」という話をした時に返ってくる反応の多くもここに書かれていることと大体合致している)。

でも・・・僕が疑問に思うのは、経済的な面で(男性に)出てくる「デメリット」が定量的であるのに対して、こういった心理的な「メリット」がどうしても定性的でしかないということ。

「『する』か『しない』か」
を判断するためには、メリットとデメリットをどうしても量的に比較する必要があると思うのに、一方には量的なデータがなかなか見つからないのが現状。要するに、結婚している人・していない人に対して「結婚のもたらす心理的メリットを維持する(得る)のに対して、どれくらいのコストを支払っても良いと考えるか?」といった事を聞きたいんだけど・・・なかなか顰蹙を買いそうなので自分での情報収集には限界がある。どこかにこんなアンケート結果が落ちてないものかなぁ。